世界的建築家・妹島和代さんの学歴がすごいと話題です。
県トップの超優秀な出身高校から、日本女子大学時代、そして現在の事務所はどこなのでしょうか。
その輝かしい経歴を徹底調査しました。
妹島和代の学歴|出身中学校はどこ?
世界的建築家として活躍する妹島和代さん。
その原点ともいえる出身中学校は、茨城県日立市にあります。
日立市立助川中学校

1972年に卒業されています。
お父さんが、日立製作所の技術者だったことから、社宅のある日立市で育ったとのこと。
そして、同級生と同じように地元の公立中学校へ進学されたようです。



この頃から、建築の世界を考えていたのかしら?
そんなごく普通の公立中学校での生活は、高校受験を機に一転していきます。
この後、妹島さんは県内でも屈指の超進学校へと進学し、その才能の片鱗を見せ始め・・
妹島和代の学歴|出身高校は超優秀!偏差値が衝撃
妹島和代さんは
茨城県立水戸第一高等学校
に進学されました。
現在の茨城県立水戸第一高等学校はなんと、



茨木県内の偏差値ランキング1位!
茨城県内でもトップクラスの進学校として知られています。
水戸第一高等学校のレベルの高さは、大学の進学実績を見れば一目懸。
2024年度の入試では、このような人数の合格者を輩出しています。
・東京大学に11名
・京都大学に6名
・医学部にも34名
(参考:inter-eduサイトより)。



まさにエリート校だね
名門進学校を卒業した妹島さんが選んだ大学は、日本を代表する女子大学でした。
妹島和代の学歴|日本女子大学の偏差値・学費はどのくらい?
妹島和代さんは、日本女子大学に進学し、建築の道を本格的に歩み始めます。
偏差値・主な卒業生
妹島さんが進学先に選んだのは、
日本女子大学家政学部住居学科
当時はまだ女性が、建築を専門的に学べる大学が限られていました。
家政学部の中に、建築や住居に関する学科が設置されていることは、珍しくなかったようです。
妹島さんが在籍した住居学科は、2024年4月にはついに「建築デザイン学部」として独立を果たしました。
これは、女子大学における建築教育の重要性が高まっているということではないでしょうか。
妹島さんの入学当時の偏差値は、見つかりませんでした。
2025年頃では、家政学部の偏差値が58~62であったのに対し、建築デザイン学部の偏差値は62~65となっています。
・家政学部 : 偏差値 58 ~ 62
・建築デザイン学部 : 偏差値 62 ~ 65
(参考:Benesseマナビジョン)



建築界を目指す女子学生からの人気が、非常に高まっているのね!
また、日本女子大学が日本の建築界に与えてきた影響は、妹島さんの活躍だけにとどまりません。
建築分野以外でも、各界で活躍する多くの著名人を輩出しています。
【建築分野の主な卒業生】
・林雅子(1951年卒):戦後の女性建築家の道を切り拓いた草分け的存在
・篠原聡子(1981年卒):建築家であり、日本女子大学の現学長
・工藤和美(1983年卒):多くの賞を受賞している建築家。
【その他の分野で活躍する主な卒業生】
・平塚らいてう(1906年卒):思想家、作家、女性解放運動家。
・大橋鎭子(1937年卒):雑誌『暮しの手帖』の創業者。
・向田邦子(1950年卒):脚本家、小説家。
・尾崎左永子(1951年卒):歌人。
・赤堀千恵美(1958年卒):料理研究家、赤堀料理学園名誉校長。
(敬称略)
こんな有名人を輩出した日本女子大学。
学費はいくらんなのでしょうか?
日本女子大学の学費
日本女子大学建築デザイン学部の2024年度の初年度納入金を調べました。
入学金、年間の授業料、そして演習や制作に必要な施設設備費などを含めると、
約130万円から150万円(初年度概算)
文部科学省の調査によると、
・一般的な私立大学の理工系学部の初年度納入金が平均で約157万円
・国公立大学では約82万円
となっています。
建築分野は専門的な設備や指導体制が必要ですが、日本女子大学の学費は比較的良心的といえるでしょう。



じゃぁ妹島さんは大学卒業後に結婚したのかな?
【夫・子供】妹島和代(建築家)の夫は誰?子供の職業や年齢を調査!
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妹島さんは、日本女子大学大学院を経て、いよいよプロの道へと進みます。
妹島和代の経歴|所属事務所はどこ?SANAAって何?
妹島和代さんは、どんな経歴をお持ちなのか見ていきましょう。
経歴
妹島さんの経歴年表はこちら。
1981年(24歳):大学院修了後、建築界の大御所・伊東豊雄氏の事務所に入所。
1987年(30歳):妹島和代建築設計事務所を設立し独立。
1995年(38歳):西沢立衛氏とともにSANAAを設立。
2004年(47歳):金沢21世紀美術館の完成により、ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展で金獅子賞を受賞。(SANAAとして)
2010年(53歳):プリツカー賞受賞。女性初のヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展の総合ディレクターを務める。
2022年(65歳):高松宮殿下記念世界文化賞を西沢氏と共に受賞。(SANAAとして)
2024年(67歳):文化功労者受賞。
大学院を卒業した妹島さんは、当時の建築界のトップランナーだった伊東豊雄さんの事務所に飛びこみます。



実力の土台をガッチリ固めた感じです!
そして1987年、30歳の若さで「妹島和代建築設計事務所」を立ち上げて独立。
当初は住宅の設計が中心だったようですが、その才能はすぐにみんなの知るところとなります。
1995年には、事務所のスタッフだった西沢立衛さんと一緒に、建築家ユニット「SANAA」を結成します。
SANAAの新しい建築スタイルは世界中で大絶賛され、2010年ついに、建築界のノーベル賞といわれる
プリツカー賞
を受賞するっていう快挙を成し遂げたんです!
妹島さんの事務所は、どこにあるのか気になりますね。
所属事務所はどこ
妹島さん個人の活動の拠点となっているのが、「妹島和代建築設計事務所」です。
・所在地:東京都江東区辰巳
・西沢立衛氏と共同で主宰するSANAAの事務所とスペースを共有
しています。
このオフィスでは、個人のプロジェクトとSANAAとしてのプロジェクトが互いに影響し合っているように思います。
こうした姿は、シームレスに連携する彼らのスタイルをよく表しているのではないでしょうか。
個人事務所:住宅などパーソナルで小規模な建築を手がける
SANAA :大規模な公共建築や海外のプロジェクトを担当
この二つのアプローチを持つことで、異なるスケールで建築を探求し、アイデアを相互にフィードバックさせることができるのでしょう。
次は、SANNAについて深堀りしていきましょう。
SANNAって何?
SANAA(サナア)とは、次の頭文字をとったものです。
1995年に妹島和代さんと、当時彼女の事務所のスタッフであった西沢立衛さんの2人によって設立された建築家ユニット。
妹島さんの個人事務所では、主に住宅などの小規模な建築を手がけられています。
SANAAとしては、大規模な公共建築や海外のプロジェクトを手がけるという独自のスタイルを確立。
【SANAAのプロジェクト】
・金沢21世紀美術館
・ロレックス・ラーニングセンター(スイス)
・ルーヴル・ランス(フランス)
そのデザインは、ガラスや極めて細い柱を多用することで生まれる透明感と浮遊感が大きな特徴です。
建物の内外の境界を曖昧にし、周囲の環境や人々の活動と建築が一体となるような、公園のような空間づくりを目指しています。
この革新的なアプローチは世界中から高く評価されいるようです。
2010年には建築界のノーベル賞と称されるプリツカー賞をユニットとして受賞する快挙を成し遂げました。
今後も妹島和代さんかに注目です!
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まとめ
今回は、世界的建築家・妹島和代さんの輝かしい学歴と経歴について調査しました。
・出身中学校は、地元の公立校である、日立市立助川中学校
・出身高校は、偏差値73を誇る茨城県内屈指の進学校、水戸第一高等学校
・出身大学は、日本女子大学で建築を学ぶ
・経歴は、伊東豊雄建築設計事務所での修行を経て独立
・現在は、「妹島和代建築設計事務所」と、「SANAA」を拠点に、世界中で活躍
地方の公立校から、努力と才能で世界的建築家になった妹島さんの経歴は、多くの人に夢と希望を与えてくれます。
これからも注目したいですね。
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